終戦記念日がやってくる

ニュース

終戦記念日がやってくる

昭和30年代世田谷区における小田急バス

出典 http://img-cdn.jg.jugem.jp

私は昭和28年生まれ。
既に太平洋戦争は終わっていた。
しかし戦争直後に生まれた世代の責任として、戦争に対する様々な事柄の、伝承を背負う責任があるものと考えている。

これは楽しい投稿ではない。
でもインターネットの時代になっても、忘れずに残さねばならない様々な事柄があります。

私の持ち合わせた心に基づき、古い時代を振り返ってみます。

東京大空襲のYouTube

この写真はGHQの報道管制が敷かれる中、守り抜かれたものである。
1,945年3月10日、この日東京はBー29爆撃機の大変な空襲を受けた。
ざっと10万人を超える人々がなくなった。
広島長崎の原爆の惨状も凄まじいが、実は、この東京大空襲も犠牲者が多いこと、また、とてつもなく悲惨なこととしては原爆投下に匹敵する。
これからおよそ5ヶ月経って終戦を迎えることとなる。

東京は一面の焼け野原。
東京都民のみならず、日本人であるならばこの歴然とした事実を後世にきちんと伝える責任があるものと。

原爆の惨状

広島で落とされた原爆について後から映画風に撮影されてこしらえたもの。
この時早朝の広島の上空でBー29爆撃機は、原爆を投下後、急旋回して上空から離脱した。
投下してから1分足らずしか時間の余裕がなく、モタモタして爆風に巻き込まれることを恐れたため。
この原爆投下にかけるアメリカの意気込みもすごいものがあった。
搭載された原爆はかなりの重量があり、Bー29といえども離陸に失敗した場合に備えて、機上で組み立てたとのことである。
組み立てに関わったその時の大佐は、原爆の組み立て分解を地上にて、何度も何度も練習したそう。
手が傷ついて血まみれになったとの報告がある。

原爆は投下後、 1分も経たずに自動的に爆発、一瞬で10万人を超える人の命を奪った。

いまだに疑問に思う。

なぜ広島などという東京から外れた1地方都市で、あのような惨劇を起こさなければならなかったのか。

その時の広島の市民は包丁1本持つことなくこの被害に遭われて命を落としている。
ごく普通の一般市民。
なぜ❓ なぜ⁉️

当時の広島の様子

これは有名な原爆ドーム。
今は世界遺産にも登録されている。
これだけの惨状を目の当たりにして、被害者、加害者ともに反省の念を抱くべきではないか。

日本人は被爆国としてその情報を未来永劫語りつがねばならない。

では、原爆を落としたアメリカはどうすればいいのであろうか。

私にはどうしろなどという事は言わないし、言えない。

仮に今ごろ、謝罪をしたところで亡くなった人が帰るわけでもなく、残された者の責任として二度とこの愚かな行為を繰り返させない、そのことを厳しく決意するばかり 。

出典 http://img.f.hatena.ne.jp

原爆投下後長崎編

長崎はキリスト教徒が多いことでも知られている。
ここで起こった悲劇は周知の事ではあるが、何よりも感じるのは、キリスト教徒であるはずのアメリカ人がたとえ民族は違ったとは言え同じキリスト教徒の上に原爆を投下したことだろう。

キリスト教の教義に照らし合わせたときに、これ以上に深く重い罪はないと思われる。
キリスト教徒が刃を向けるのは異教徒に対してのみ、そう言われていた。

ここでも底無しの不幸が繰り返された。

出典 http://www.page.sannet.ne.jp

8月15日の終戦記念日はあくまで便宜的なもの

知っての通り旧ソ連は、8月15日直前に参戦を申し入れ、日本に攻め入ってくるつもりであった。
樺太を始めとする北方での戦いは実は8月15日以降に行われている。

このときの日本軍は戦争終結後であったにもかかわらず、そのまま戦闘行為に突入せざるをえなかった。

北方方面でも終戦記念日以降、たくさんの尊い命が失われた。
それは軍属ばかりでなく一般市民も然り。

ソ連が進行する様子を示した図である。

出典 http://shibabechi.web.fc2.com

当時のソ連はそのまま北海道まで侵攻し、北海道を分割し、統治するつもりでいた。

その時の予想図である。

私は留萌管内小平町という所の出身である。
もしこの通りのことがなされていたならば、今の私はソ連人なのかな❓それともロシア人なのかな❓
ぼんやりと感じるのは、多分生まれていなかっただろうし 生きていても何らかの理由で命を落としていた気がする。

出典 http://livedoor.blogimg.jp

千鳥ヶ淵戦没者墓苑

靖国神社の隣にあって、戦没者の御霊を収めている。
心ある日本人ならば、必ずやお弔いの気持ちをもたれるであろう。

靖国神社へ政治家等がお参りすると諸外国の一部の国からは大変な非難が集中する。

軍国主義の復活を恐れると言う名目のようだが、見当違いも甚だしい。

政治家がお参りしようがしまいが私はほとんど関知はしないが、日本人として手を合わせる気持ちは決して失いたくはない。

出典 http://footstep.c.blog.so-net.ne.jp

広島の原爆慰霊碑

原爆犠牲者の慰霊碑は広島にも長崎にも設けられてある。
日本人として決して素通りすることのできない御霊代と思う。

諸外国はここでお参りすることも嫌な顔するんだろうかね。

戦争の犠牲者をお弔いするその心を、外から非難中傷される筋合いはない。
犠牲者の味わった苦しみを何とかして取り除きたい、その一心で皆、手を合わせるのではないか。

その行為に一体何の懸念があると言うのか。

理解できないし、理解しようとする気も正直、起こらない。

出典 http://jp.sputniknews.com

今回アップした記事のこと

私は戦後すぐに生まれた世代である。
もちろん戦争は知らないし、経験もしていない。
しかし、私の両親、あるいはその親の世代はまさに戦争を生き抜いてきた世代であった。

私が子供の頃はこういった大人たちの戦争体験をたくさん聞いて育ったものである。
もちろん間違った情報もあったとは思うが、共通して言える事は悲惨な体験をかろうじて生きてきたという事。 多くの犠牲者がいたと言う事。
皆生きるために必死だったと言う事。

戦争を経験した人は、自分の身に起こった不幸を他人のせいにはしていないようだ。

他人のせいにして非難や批判をする暇があったならば、それ以前に、自分自身の生きるための活動をしていかなければ、命がなくなってしまうのである。

私が感じるのはその時の必死さ。

今の時代に生きる私は少なくともその時の人ほど必死には生きてはいない。
皆さんはどうだろうか。

さてコメントその他をする以前に私は知りえた事実をお伝えしようと思っている。
私たちのこれからの人生 に、少しでも参考になることがあれば幸いと思う。


記事作成はキュレーションサイト

今日投稿させていただいた内容は正直重たい。
しかし音声入力の助けを借りて、また、AIの助けもあり、何とか最後まで作成できたと思う。

私が使っているキュレーションサイト。
無料のバージョンと有料の本格的バージョン。
記事を自分でも作ってみたいと思う方は参考にされては。

1

関連記事

カテゴリー

月別アーカイブ