八郎潟って元々湖だった😳

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八郎潟って元々湖だった😳

出典 http://blog-imgs-59.fc2.com

最初は干拓してできた

出典 http://www.pref.akita.lg.jp

斉藤隆介による文学作品

昔、秋田に八郎という名の山男が住んでいました。
八郎は樫の木ほどもある大男でしたが、もっともっと大きくなりたいと願い、どんどん大きく育ち、山ほども大きくなりました。
ある日八郎は、村の田んぼが荒れた海に飲み込まれるのを必死で防いでいる村人たちを助けようと、渾身の力で山を動かし、海の中に放り込んで、海の水を堰きとめます。
村の百姓たちが喜び感謝したのも束の間、怒り狂った海が沖の水まで集めて津波となって村に押し寄せてきます。
八郎は村を守るために海に入り、自らが堰となって波を食い止めます。
波と闘い、海に沈みながら、八郎はなぜ自分がこれまで大きくなりたかったのかを悟ります。

秋田弁で描かれた文章に、滝平二郎氏の力強い版画が実によくマッチしています。
どんどん大きくなりながらも、もっと大きくなりたくて、浜に出ては海に向かって叫んでいた八郎。
しかし自分でも、なぜ自分が大きくなりたいと思うのかがわからなかったのです。
村の人たちを助けたい、泣いてる子どもの力になりたい、そのために海に沈んでいく八郎。
自分の生まれてきた意味を知った八郎の表情はすがすがしく、その叫びは私たちの胸の奥に響きます。
「わかったあ! おらが、なしていままで、おっきくおっきくなりたかったか!
おらは、こうしておっきくおっきくなって、こうして、みんなのためになりたかったなだ、んでねが、わらしこ!」

自分は何のために生まれてきたのか・・・そう悩んだことのある方なら、八郎の悟りに共感できることでしょう。
大人も子どもも、少し自信を失ってしまったとき、八郎から力をもらえるかもしれません。

(金柿秀幸 絵本ナビ事務局長)

出典 http://www.ehonnavi.net

現実は厳しいかも

日本の米政策の真っ只中で揺れ動いた八郎潟。

どうしても米を増産したいと言う思い、そこから生まれた巨大な干拓事業。

しかし日本の米はほどなくして生産過剰を迎える。

よく知られているのは減反政策と言って、作付面積の自主的な削減である。

八郎潟の農家はこの減反政策に真っ向から逆らったことでよく知られている。

この辺の事情から今の米の政策が変換してきたと言っていいはずである。

今は、おいしいお米しか売れない時代。

まずい米を大量に作っても、まず売れる事は無い。

日本人の味覚も明らかに変わってきていると。

今は、ひもじい時代ではない。いろんなものが売られているが、本当に良いものしか生き残っていけない時代。

釣りがこんなに盛んだなんて

まとめ

出典 http://www.joc.or.jp

八郎潟の干拓が済んだのは1964年。東京オリンピックの年。

私は小学校5年生だった。

とてつもなく大きなプロジェクトで何度かニュースで出たこともあった。

あれからもう半世紀以上も経つ。

日本の米政策も随分と様変わりをし、国が主導する時代は終わった。

それぞれの米農家が自主的に生産販売をしなければいけない時代。

ここの名産は「あきたこまち」

「コシヒカリ」や「ササニシキ」また「ゆめぴりか」と並んで日本を代表する銘柄。

これからは国内消費だけではなく、輸出をして世界に販路を広げる時代だろう。

お米のおいしさは格別である。本当においしいお米ならば、多分、おかずはそんなにいらないね。

八郎潟は日本のお米に関わる様々なものの象徴であろうか。

これからもおいしいお米が、全く問題なく食べられるように祈りたい。

さて記事作成はいつものキュレーションサイト。

文字入力はほとんどせずにiPadに聞き取りをさせ、しかもAIの助けを借りて私はすこぶる楽ちん作業。

無料のお試しバージョンが用意されています。本格的なバージョンも有料ではありますが、用意されているので興味のある方はチェック。

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