ミャンマーと言えばスーチーさん

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ミャンマーと言えばスーチーさん

出典 http://good-old-days.cocolog-nifty.com

アウンサンスーチー女史、ミャンマーの民主化運動の象徴とされる方です。

この方はビルマがミャンマーになる頃、建国の英雄とされた、アウンサンスーチー将軍の娘さんなわけですね。

この将軍のミャンマーでの知名度は極めて高く、彼を悪く言う人はほとんどいないようです。

日本ともつながりは深く、一旦は日本と友好的な関係でしたが、その後日本とは袂を分かち、中国と迎合することになりました。

ミャンマーは今も親中国国で、様々な局面で中国支持を打ち出していますね。

スーチーさんは対独裁勢力の功績を認められてノーベル平和賞を受賞しています。

その事実があるゆえに、彼女に対して大きな期待を寄せさらに民主化を進めてくれるのではないかと期待を抱く人たちは全世界に存在していますね。

お亡くなりになられたご主人はイギリスの学者でスーチーさんと結婚をして2人のお子さんを設けています。

スーチーさん自身が国際結婚の経験者で、その国際的な感覚がきっと民主化運動や人権保護といった課題に大きく貢献するのだろうと誰もが期待を抱いているようです。

しかし最近の動向をよく見てみると、どうしても民主化運動の域を超えて政治家として活動するようになり、その政治的な意味合いから見て理想だけをかざしていくようにはならなくなっているようですね。

政治は行って見れば、妥協です。様々な意見を取り入れ納得できる妥協点を見出す。そこが真骨頂なわけですが、スーチーさんのような理想の高い方はどうしても理想論だけではやっていけない理由があるようですね。

特に中国と親しい関係にあるので、人権蹂躙などに大きく反応することは無いようです。

弾圧や迫害に目をつぶらざるを得ない。政治の世界に足を踏み入れてしまえば当然起こりえますね。

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ミャンマーは旧ビルマ 第二次大戦中は日本とも深い関係にあった

出典 http://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp

旧ビルマは第二次大戦中の激戦地として知られる。

よく知られているのはインパール作戦と呼ばれる無謀な作戦行動。

当時の日本陸軍はこの無謀な作戦によっておよそ50,000人以上の犠牲者を出している。

多くの兵隊たちは軍事作戦の戦闘で亡くなる以上に病気で亡くなったものが多数いた。

多くは作戦を断念して撤退する途中で病気で死んでいったのである。

遺体はほとんどそのまま放っておかれ白骨化していた。この撤退した道路のことを別名「白骨街道」と言うらしい。

無謀で愚かな作戦の代名詞とされる。インパール作戦。

ミャンマーのお国柄はこの不幸な歴史の上に築きあげられている。

ノーベル賞受賞のスーチーさんもこの歴史の継承者と言える。

亡くなられた日本兵や、現地の人々、またイギリス軍インド軍等、多くの犠牲者をお弔いすることがどうしても求められていると思う。

スーチーさんはこういったことから考えると、歴史の象徴とも言える。

ミャンマーのこれからが、幸せで健全な国を構築するのなら、過去の不幸をどれだけきちんと清算できるかにかかっているわけだ。

東南アジアは日本ではお隣のお国柄である。

同じアジアの民族として、不幸な事態だけはどうしても避けてほしいと願わずにはいられない。

記事作成はいつものキュレーションサイトで。

実は映画好きの私 この間、wowowで見た映画がスーチーさんの自伝だったのですね。

現実とは違って少し美化されてましたが、見ごたえのあるとても良い映画だったと思います。

映画が面白かったことに感謝しつつ、記事としてまとめてみたわけです。

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