西行法師 桜を愛した歌人

ニュース

西行法師 桜を愛した歌人

出典 http://auctions.c.yimg.jp

日本人としての心

出典 http://kagari-tsukioka.com


願わくば花の下にて春死なん
その如月の望月のころ

この歌を知ったのは20歳の頃。

もう40年以上も前の話。

この歌の意味するものが理屈ではなく、心に響いた記憶が。

よく言われるのはこれは西行の辞世の句とされるが、異論もあるようだ。

西行(さいぎょう)、元永元年(1118年) - 文治6年2月16日(1190年3月31日)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士・僧侶・歌人。父は左衛門尉・佐藤康清、母は監物・源清経女。同母兄弟に仲清があり、子に隆聖、女子(単に西行の娘と呼ばれる)がある。俗名は佐藤 義清(さとう のりきよ)。憲清、則清、範清とも記される。出家して法号は円位、のちに西行、大本房、大宝房、大法房とも称す。

勅撰集では『詞花集』に初出(1首)。『千載集』に18首、『新古今集』に94首(入撰数第1位)をはじめとして二十一代集に計265首が入撰。家集に『山家集』(六家集の一)『山家心中集』(自撰)『聞書集』、その逸話や伝説を集めた説話集に『撰集抄』『西行物語』があり、『撰集抄』については作者と目される。

出典 http://ja.m.wikipedia.org

西行法師 ゆかりの地

Twitter紹介

有名な 西行法師の落語話

まとめ

出典 http://data.ukiyo-e.org

西行法師と言えば百人一首の世界。そのぐらいの認識しか持ち合わせてはいない。

ただし辞世の句とされる、

願わくば花の下にて春死なん その如月の望月のころ

何故かこの歌だけははるか昔から知っていて、自分自身の心の中で自分の死生観とダブるものがあった。

最後に自分が息絶える時には、このような状況であれば何となく納得できるような、そのような気持ちにさせてくれた歌なのである。

この歌は様々な解釈はあるのだが、本格的に和歌を学んでいる人から見ると、優れた作品とは見ないんだそう。

辞世の句とはされているが、それはたまたま死を歌っているからで、作品を作ったのは30代から中年にかけてと見るのが妥当らしい。

そう言われてみると、この歌に大きく反応した私は、20歳そこそこの若造だった。

昔から順風満帆とは言えない私の人生故、挫折や人生の終わりなど、そういった言葉にはどうしても反応しがち。

この歌は実に孤独な歌だと感じる。

死を迎えるに当たって、最後の切なる願いと言っていいだろう。

今この歌を読んでみても心の中に感じるものがある。

よくはわからないが、日本人としての何かが反応しているのかもしれない。

記事作成はいつものキュレーションサイトで。

こういった題材の場合、AIがどの程度手伝ってくれるのか、若干心配な部分もあったが、それなりにうまく検索して手伝ってくれている。

1

関連記事

ピックアップ!

カテゴリー

月別アーカイブ